審査員講評


木下庸子(審査委員長)
 
 リアルタイムで賞を決定する公開審査は緊張する。今年は更に、コロナ禍で初のWEB開催であったうえに、審査の進行を担う身となった。審議が大賞を競った2作品、しかも偶然とはいえ同じ用途の美術館建築に集中する結果となり、議論の枠を広げ得ない展開となったことを改めて省みながら、この講評をもって補足させていただきたい。最終選考の5作品には、いずれも「これから」に向けての建築的テーゼが感じられた。以下、公開審査での発表順に即して、各作品から訴えかけられた建築の「これから」についてここにコメントさせていただく。
 ESCALIER五番町は、JR駅にほど近く、お堀を臨むこのうえない立地にある。南北に抜ける敷地を最大限に活かすべく、階段室を含むコアと設備空間を全て、主要空間脇に集約するというシンプルな操作設計により、この規模の事務所建築が目指すべくひとつのプロトタイプに到達した。天空率を活用した全体のボリューム構成、無駄を省いたディテールと破綻なき納まりは説得力を持つものであった。
 福田美術館は、熟練技術を極めた建築である。文化は、建築家の創造性を刺激する仕事とともに磨かれる。福田美術館は、そのような文化を尊重するクライアントと、それに応える力量をもつ建築家の組合せが成し得た成果である。このような作品こそが、職人の手の証と、未来へと継承されるクオリティ高き建築の姿を明示しており、間違いなく優秀建築賞に相応しい作品である。
 沼田町暮らしの安心センターは少子高齢化に直面する町の掲げた「コンパクトエコタウン」に応えるべく提案されている。「なかみち」と命名された通り抜け歩廊を持つマスタープランが、今後のまちづくりの核となる。「なかみち」沿いに建てられることで活動が顔を出す施設群の賑わいが、将来のコンパクトエコタウンの特色となることが期待される。
 松山大学文京キャンパスmyu terraceは、高度成長期に建てられた多くの建物が建て替えの時期を迎える昨今、その行く末に、解体撤去以外のオルターナティブを示してくれている。本建築の基礎や杭を残置し、積極的に活用することで新しい建築として誕生させるという逆手の発想を、優秀建築賞として評価した。
 2020年度日本建築大賞は京都市美術館(通称:京都市京セラ美術館)に決定した。歴史を継承しつつも、新しい建築の姿を創ることで「保存・再生」の領域の枠を広げるべく一石を投じてくれている。また「デザインビルド」という仕組みの中で、設計者としての立場に軸足を置きつつ、自身の建築作品としてみごとに実現されていることが審査委員の評価を得た。また、設計者自身が完成後、美術館の館長として運営に関わることとなった事実も、今後の美術館運営の新たな可能性として期待したい。
   
佐藤尚巳
 
 大賞に選出された京都市美術館は、基本設計を青木事務所、実施設計・監理は昭和設計と松村組のJVが入札で受注し、青木事務所はデザイン監修で参加、という難しい発注形態の中で結実した作品である。前面広場をスロープで掘り下げたアプローチには、地盤の裂け目のようなガラスリボンが広がり、既存建物の外観と対比的に新しい美術館への期待感を高めている。中央の通り抜け動線の確保は施設全体に明確な公共の軸を設定しているが、地下1階のエントランス部から中央ホールに至る結節点に外観から連続する期待感に応えるものが感じられなかった。欧米の歴史的建造物の改修事例では、過去とその時代の価値観の衝突と調和が図られ、その多重性が来訪者を楽しませている。日本では歴史的建築を尊重しすぎる傾向が強く、青木氏は「可逆性のある改修を行った」と説明しているが、であれば尚更既存に同化せずに時代性を反映したデザインを試みても良かったのではないだろうか。
 京都市美術館と最後まで大賞を争ったのは福田美術館であった。嵐山の景観に品良く溶け込んだ建築とランドスケープの構成、デザイン、色彩が見事に調和した作品である。施設構成、動線計画も無理がなく自然で、回廊部の外光の扱い方、階段や壁面のデザインとスケール感、ディテールと素材感に研ぎ澄まされた緊張感と品格が感じられた。展示ケース、空調システム、照明計画等、貴重な美術品を守りながら展示をするための技術的な配慮も高度に行われている。美術館や水族館を数多く手掛けた経験を背景に、景観に配慮しながらも独自の建築美学を展開した作品であると高く評価した。
 次に高い評価を受けたのが松山大学文京キャンパスmyu terraceである。学生会館の計画であるが、外壁を取り去り開放的な屋根付テラスを提案した点は新鮮であった。既存地下躯体の利用も熟慮され、その上にロの字型鉄骨フレームをランダムに配置し2階床と屋根を支える軽快な構造は興味深いが、一方でランダムさ故の天井内の複雑な梁構造を折板で隠さざるを得なかった点は残念であった。
 入賞を逃したESCALIER五番町は、各層のボリューム操作で生まれた段状のテラス付の事務所環境が心地よく、小規模事務所設計の雛形となるような作品だが、心踊るような魅力や斬新性が感じられなかったのは事務所ビルの限界なのだろうか。沼田町暮らしの安心センターは、通り抜け動線沿いに市民が集まりやすい機能・空間を配置し、積雪時でもトップライトから暖かい日光が差し込む空間づくりは秀逸であったが、屋根構造に疑問を抱いた委員が多かった。
   
手塚貴晴
 
 建築家の仕事は難しい。レンタブル比は100パーセント。地元と続く終わりなき調整。建物一つ作るのに15年。坪60万円。デザインビルドで設計監修。最後残った作品からはいずれも血の滲むような苦闘が感じられた。にも関わらず、いずれの作品も恐ろしい程の詳細が床から軒先にまで考慮され血が隅々まで通っていた。その点では優劣を付けようがなく、審査は困難を極めた。エスカリエの詳細は限りなく繊細で淀みがない。沼田町暮らしの安心センターは、厳冬の中で安全な第二の空を提供しようと努力した跡が見て取れる。各所に組み込まれた小上がりが氏の優しさを滲み出して憎い。福田美術館は千年の都の風情を汲み取りつつも、最新の技術を惜しみなく注ぎ込んでいる。その詳細は建築の領域を超え工芸の域に達している。数百年の時を超えて生き残ってゆくであろう事は疑う余地もない。松山大学の大屋根は詳細構造共に研ぎ澄まされ、嬉しさのあまり撫で回す手を抑える術がなかった。いずれの設計者もその努力を誇らしげに語っていた。その結果には全く異論がなく只感服するのみであった。
 その中にあって青木氏は全く違った。最初から最後まで「ここが上手くいかなかった」「あれが良くない」「ここが良くない」とけなし続けるのである。困るのである。そうなってくると同情の念が沸き上がってきて、気がつくと審査員のほうが自作を貶す青木氏を弁護するという摩訶不思議な構図が出来上がった。もしかすると私は青木氏の術中に絡め取られたのか。気がつくと絶賛していた。危ない。もしかすると近年同じようなデザインビルド境遇で苦労する身として「同病合い憐れむ」という構図に嵌ってしまったのか。いやそうではない。青木氏の努力が砂地に撒く水のように乾いた環境に吸い込まれ、青木氏自身が乾いてもなお水を汲み続けたという境遇の表れであったのであると思う。青木氏は気がついていないのかもしれないが、私の見る限りちゃんと努力は実って砂は潤いを含んでいた。人は前庭のガラスリボンを評価する。そこに異論はない。日々賑いを呼ぶパリのポンピドゥセンター前庭のように、カップルや家族連れが屯し群れるのであろう。しかし私はむしろ新館に嵌め込まれた金色のプレート群に反応した。美術館としては無用の装飾である。モダン或いは機能という建築界の金科玉条に従えば誤謬である。しかし私は青木氏の魂の叫びを感じた。建築には変わる要素と変わらない要素がある。あの金属板は多分未来永劫剥がれない。前庭の処理や使い勝手に感応する建築家は多い。しかし正直なところ日本に居住する無数の建築家の中には同じ回答へ行き着く者もあるとおもう。その時、最後に差をつけるのは建築家の個性である。全ての合理性を突き詰めた後に添えられた一輪の華。そこに私は夢を観させて頂いた。
   
田原幸夫
 
 2020年の最終審査に残ったのは「エスカリエ五番町」「福田美術館」「沼田町暮らしの安全センター」「松山大学文京キャンパスmyu terrace」そして「京都市美術館(京都市京セラ美術館)」の5作品で、いずれも甲乙つけがたい極めて魅力的な建築であった。今年はコロナ禍のためリモートでの審査会となったが、この困難な状況の中で選考会議を無事進行していただいた関係者の皆様に改めて感謝申し上げたい。
 日本建築大賞は審査員全員の賛同を得て、京都市京セラ美術館に決定した。旧京都市美術館が見事な改修設計によって現代に甦った作品である。我が国における建築賞において、保存改修の仕事が「作品」として評価されることは極めて少ない。その中でJIA建築賞は、保存改修の仕事が、現代の建築家の「作品」として評価されてきた数少ない建築賞の一つであるが、京セラ美術館は従来の保存改修の概念をも大きく変えるものでもあった。前面にスロープ広場を掘り込み、新しいエントランスを設けるとともに基壇のデザインも強化するという設計は、大胆でありながら旧京都市美術館への敬意に満ちた仕事であった。
 優秀建築賞は福田美術館と松山大学文京キャンパスの2作品が受賞した。京都の風致地区・嵐山に建つ、極めて上質で美しいディテールの“環境に溶け込んだ美術館”と、歴史ある大学の中心に、既存建物を撤去して斬新な構法でデザインされた“広場のような建築”である。いずれも大賞に匹敵する見事な作品であった。
 エスカリエ五番町は、敷地条件を巧みに生かした計画で、共用部の屋外化によりレンタブル比100%を実現している美しい小規模オフィスビルである。特に外装のガラスカーテンウォールのデザイン・ディテールは魅力的であった。沼田町暮らしの安全センターは、過疎化する地方の町の福祉拠点として計画され、プロポーザルにより選定された建築家が、地区全体のコーディネーターとして地域に大きな貢献をしていることも特筆される。しかし両作品ともわずかな差で授賞には至らなかった。
 JIA建築賞の応募のカテゴリーは、A(住宅)B(一般建築)C(保存・リノベーション)に分けられており、今回の全応募作品・100選の選定作品とも、内訳はおおよそA20%、B70%、C10%の比率であった。しかし今回の応募作品においては、カテゴリーC以外のカテゴリーA、Bにおいても既存の建築を巧みに改修した作品が多数見られた。これからの日本の建築のあり方を考える上で、保存改修によって建物の歴史を継承した作品が、新築作品と同じ土俵で“建築としての質”を競うことは、極めて重要なことに思える。「新築」においても「保存」においても、建築家に求められるものは「本物の環境創り」への貢献なのである。
   
橋本純
 
 私が本賞の審査員を務めるのは今年で3回目である。それが図らずもコロナ禍での審査となった。関係各位にはひとかたならぬご苦労をおかけしたことと察する。まずこの場を借りて御礼申し上げたい。社会活動全般が新しい日常へと変質していかざるを得なくなった年に、その直前に竣工した建物の審査を行うことになったわけだが、5作品の現地審査を終えてそのことが大きく影響したかと言えば、それほどでもなかったという実感がある。公開審査の席でも述べたが、ファイナリストの5作品は、いずれもそれぞれのビルディングタイプにおいて優れた建築的解答を提示しており、新しい日常のもとで社会的な機能を果たし得るであろう質を備えていた。それゆえあえて最優秀を絞り込む必要はないのかもしれないが、建築には特定の用途や性能を超えて、存在することで示し得る意義というものがある。大賞とはそれを審査員がどのように考えたかという思考過程と判断であるとお考えいただきたい。
 「エスカリエ5番町」は東京都心部に建つ小規模な賃貸オフィスビルで、各階にテラスを設け、開放的なワークプレイスを実現している。働き方の質が急速に変わりつつある昨今、オフィスビルにはスペックだけでなく多様な空間提案も求められるようになってきた。もはや従前の手法や想定では評価が得られない時代において、収益物件でこのような建物を実現し得たことを評価したい。
 「沼田町暮らしの安心センター」は、町が主導する寒冷地におけるコンパクトタウン構想に向けて、街区内を巡り諸施設を束ねていく歩道を提案し、それに建物内部を貫く主動線を重ね、プランニングの軸としている。ハイサイドライトをその貫通する通路に直交するように配置し、採光と空間の奥行を演出しつつ、ランドスケープと建築計画を一体で考えようという意図が感じられる。計画通りに進むかどうか楽観はできないが、寒冷地における生活インフラ施設の集合がどのように形成されていくのか注目したい。
 「松山大学文京キャンパスmyu terrace」は、キャンパス計画の更新に際して撤去された既存建物の基礎を利用して屋根を架けたオープンエアの学生ラウンジである。既存建物の基礎はかつての校舎の記憶でもあり、共感できる好ましい提案である。ただもう少し軽やかさが欲しいと感じた。
 「福田美術館」は、京都・嵐山の文化的景観の中に佇むように建つ日本画の私設美術館である。造園から展示ケースに至るまで、すべてが丁寧かつ高品質に仕上げられ、そのディテールが醸し出す上品な空気感は、現代の数寄屋と呼ぶに相応しい作品であった。
 「京都市美術館」は、1933年竣工の旧美術館をデザインビルドで改修するというプロジェクトである。ファサード側を1層分掘り下げてすり鉢状の広場にするという大変更にもかかわらず、あたかも前からそうであったかのような自然さでそれが実現している。新旧の対比や複数の時間の共存といった今日普及しているリノベーションデザインの手法とは異なり、この建物のなかに流れているすべての時間を一度棚上げにし融合させてしまうような、まるで時間のイリュージョンのような手法は卓越していた。すり鉢状の広場の創造は、いささか古典的ではあるが、建築の公共性の提案として合点のいくものであり、大賞に相応しい建築であると考える。